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もしも詩が水だったなら

詩とうつわの企画展 京都
「もしも詩が水だったなら」
菅原敏 詩集「かのひと」×五人の陶芸家

今年の春に銀座 蔦屋書店で開催された、詩とうつわの企画展。好評につき、新しい作品を 携えて京都に巡回いたします。

<開催概要>
京都岡崎 蔦屋書店
期間:2018年8月3日(金)〜9月3日(月)※終了しました。

もしも詩を注ぐうつわがあったら、それはどんな形をして、どんな色をしているのだろう?
そんな問いかけに、IBEでおなじみの5名の陶芸家が、答えてくれました。
ニーチェから小野小町まで、名だたる作家たちが残した古典作品が、気鋭の詩人・菅原敏によって超訳され、現代に蘇った、詩集「かのひと」。この詩集から各陶芸家が一編の詩を選び、その詩にオマージュを捧げたうつわを制作します。ことばからイメージへの転換はどのように行われるのでしょうか?時空を超えた愛の詩と現代陶芸家のうつわの共演を、ぜひご覧ください。

参加作家/ 池田優子、今井律子、鈴木環、竹村良訓、結城彩
企画/ IBE(アイビー)  協力/菅原敏  デザイン/脇田あすか  ウェブデザイン/菱川由理

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「愛される1時間」
池田優子×エミリー・ディキンソン


ここ最近、一段とコンセプチュアルな表現に挑む池田が今回こだわったのは釉薬。焼き上がりの発色を想像しながら、数日かけて数種類の釉薬をペイントするように施していきます。ひとり想像力を駆使して色を重ねる作業は、生涯のほとんどを自宅で過ごしたディキンソンが、詩作に没頭する姿と重なります。甘く官能的な空気を纏った器は、全ての理性を投げ打ってしまう、“恍惚の一瞬”を捉えたかのよう。池田のディキンソンへの深い敬愛も感じられる、オマージュともいえる作品です。
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“池田作品”

「そうね、私は年をとった」
今井律子×小野小町


可愛らしくもどこか儚さを感じさせる今井の作品。小野小町の、昔の恋を想う底知れぬ哀しみは、今井の作風に自然と融和していきます。「夜の衣を裏返して着た」の一文には、誰もが経験したことのある切ない恋心がうたわれています。恋する人を思ってひとり眠る夜、そんな夜からイメージを発展させて、今井独自の世界観に落とし込んでいます。日本人ならではの、内に秘めた静かで繊細な感情を、一筆一筆細やかに描いた、渾身の作品です。
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“今井作品”

「さよなら、たまねぎ」
鈴木環×フリードリヒ・ニーチェ


どこにでもあるなんの変哲もないたまねぎが、その質感を変えただけで、突如として不思議な違和感をもたらします。姿かたちはリアルなたまねぎが、鈴木の手によって、とろみのあるつるりとした陶のオブジェに生まれ変わりました。当たり前にあって、普段気にも留めないものの形やつくりが、実はとても美しいものだと改めて気付かせてくれる作品でもあります。たまねぎと一人向き合い続けた作家の様々な思い、葛藤が詰まった本作は、いわばたまねぎの“超訳”とも言えるのではないでしょうか。
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“鈴木作品”

「僕らはみんな落ちていく」
竹村良訓×ライナー・マリア・リルケ


もともと理工学部を志していたほど、理系肌だった竹村。今回の作品では、その素養を垣間見せるような着眼点を発揮しています。彼はリルケの詩の、「落ちる」というキーワードから、“放物線”という物理的事象をイメージし、そこから器へと転換することを試みました。数学的なアプローチから生まれた器は、美術と数学という一見相反するものが実は表裏一体だということを、気づかせてくれます。孤独の中へ落ちていく、小さな宇宙を彷彿とさせるうつわは、彼のロジカルな思考から生まれたアートピースです。
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“竹村作品”

「月下独酌」
結城彩×李白


結城の作品には、「天のうつわ」という屋号が表すように、どこか宇宙や夜空を彷彿とさせる世界観があります。そんな彼女が、李白の「月下独酌」を選んだのも必然だったように感じます。月明かりの下でひとり酒を飲む。盃に注がれた酒に映る月や、地面に落ちる影・・・。次々と浮かぶ美しい情景にふさわしい、もはやこれ以外はないと思えるような、凛とした酒器を編み出してくれました。
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“結城作品”

愛される1時間」
池田優子 × エミリー・ディキンソン

“池田制作風景1”
なぜこの詩を選んだのですか?
池田:エミリー・ディキンソンが気になる作家だったのでおのずとこの詩にも興味を持ちました。原文からはもう少し簡潔で静かな印象を受けますが、菅原さんの超訳により、さらに甘く切なく静かではげしい、、そんな詩になっていたところにも惹かれました。
この詩をどのようにイメージ(器)に転換されたのか教えてください。
池田:菅原さんが超訳されたこの愛の詩を器に転換する際に焦点を当てたかったのは、やはり愛し合う時間そのものでした。愛し合う時のどうしようもない充足感、生まれて良かったと思う程に満ち足りた、そんな愛の1時間を器で表現してみたいと思いました。
ディキンソンについて、何か思い入れやエピソードがあれば教えてください。
池田:引きこもりの元祖のような彼女の人生にはやはり興味を抱いてしまいます。もともと私は少し偏ったひとに惹かれるのです。外の世界を見ずに家にこもり詩を書き続けた彼女。その果てしない想像力におののき、そのひたむきさには愛おしさを感じます。
今回、詩から器を作ってみて、いかがでしたか?率直な感想 を教えてください。
池田:お話頂いた時にはワクワクしました。焼きあがったうつわがまとう空気感のようなもの。それをいつもよりさらに追いかける時間でした。
“池田制作風景2” “池田制作風景3” “池田制作風景4”

エミリー・ディキンソン(1830-1886)

19世紀アメリカの女流詩人。名士を多く輩出するマサチューセッツ州の裕福な家に生まれ、当時の女性が受け得る最高の教育を受けて育った。56年の生涯ほとんどを生家で過ごし、国内を旅行することもまれであった。ひきこもりのような生活のなかで詩作に没頭し、愛と死をテーマにパーソナルな内面世界を描いた。詩作の数は1700篇に上るが、生前にはわずか数篇の詩を地方紙に発表したのみであり、詩人としての評価は死後20世紀まで待たねばならなかった。生涯を独身で通したが、官能的な愛の詩も多数。彼女の性愛については同性愛者説など様々な議論がなされている。

そうね、私は年をとった」
今井律子 × 小野小町

“今井制作風景1”
なぜこの詩を選んだのですか?
今井:詩集を受け取って最初に読んだのが与謝野晶子と小野小町でした。 同じ日本人女性として、詩が含んでいる繊細な感情が、海外の作家の作品よりも自分の感覚に瑞々しく届きそうだと感じたからです。 そして偶然にも菅原さんにもこの二作家の詩を私の作品に選んでいただいたので、より今の自分の在り方と近いと思える方を選ばせていただきました。 与謝野晶子の詩からはとてもパワフルで熱い炎のようなイメージを受けました。 自分のメッセージを伝えるために批判を恐れずインパクトの強い言葉を意図的に選び、多くの女性の価値観を開花させた人。 小野小町はそれとは対照的に、とても熱いけれど静かな感情を、熱いまま外に出さずに複雑で美しい表現で構築し直して伝える人だと感じました。わかりやすい派手な形ではないけれど、深く静かに心の奥に届くような、今の自分の粘土との向き合い方は、こちらの感覚に近いと感じました。
この詩をどのようにイメージ(器)に転換されたのか教えてください。
今井:当初は繊細な感情の描写に、自分の理解の範囲を超えていると思いましたが、いつのまにかキーワードとなっていたのは「夜の衣を裏返して着た / むばたまの 夜の衣を 返してぞきる」の部分です。 浮かんだ情景や感情をそのまま描くのでは絵本のような幼いものになってしまうと思ったので、作者の悲しみや怒りやかつての恋人を思う気持ちを内包する、美しいだけではない星の夜空を背景において、その夜空と何処かで繋がっているような図柄を、轆轤で自由に引いた器に描きました。
小野小町について、何か思い入れやエピソードがあれば教えてください。
今井:小野小町については生前の詳細がほとんど不確かであることが、詩人としての存在をより神秘的なものにしていると思いました。そんな正体不明な大昔を生きた女性が、現代の私たちと何ら変わらぬ思いを抱き、それを創作に繋げている点が、先の見えない今を自分らしく強く生きる力を与えてくれるような思いがします。
今回、詩から器を作ってみて、いかがでしたか?率直な感想 を教えてください。
今井:最初は、物を作ることに対するアプローチとしてとても面白そうだと思いましたが、想像以上に思考を研ぎ澄ませる行為であり、疲弊する制作でした。ですが普段とは全く異なる経緯で粘土に向かい手を動かすことは新鮮で楽しくもあり、個人的にとても興味深い経験となりました。機会があればまた挑戦したいです。
“今井制作風景2” “今井制作風景3” “今井制作風景4”

小野小町(生没年不詳)

平安時代前期、9世紀中頃の女流歌人。「古今和歌集」の序文に記された「六歌仙」(僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、大友黒主、小野小町)をはじめ、三十六歌仙、女房三十六歌仙にも選ばれている。数々の逸話や伝説を残しているが、その生い立ちはすべてが謎に包まれ、正確なことは何ひとつわかっていない。絶世の美女として広く知られているが、当時の姿を描いたものは何も残されておらず、その伝説の発端は古今和歌集を編纂した歌人・紀貫之が小野小町の歌を「古事記や日本書紀に登場する絶世の美女・衣通姫の歌に通じるものがある」と讃えたことから広まったという説もある。

さよなら、たまねぎ」
鈴木環 × フリードリヒ・ニーチェ

“鈴木制作風景1”
なぜこの詩を選んだのですか?
鈴木:なんといっても“さよなら、たまねぎ”というタイトルに魅かれました。読んでいて、“待つ”ということが、モノを作っている仕事柄、作ったモノが、作品が、誰かに見ていただく機会を“待っている”という、また私も、誰かを待っているという、なんか似たような感じがしました。
この詩をどのようにイメージ(器)に転換されたのか教えてください。 その際に、ポイントとなったワードやフレーズがあれば教えてください。
鈴木:タイトルの“さよなら、たまねぎ”というところから着想しました。“彼女が来るのを待っている”というのもいいのでしょうが(本題なのでしょうが)、私は初めの“わらのベッドに横たわり、、、、みんな楽しく踊ってるんだ”というところが、自由業という仕事柄、重く感じました。“さよなら、たまねぎ”というタイトルが最後まで頭に残って、たまねぎを作ってみたくなりました。
ニーチェの詩からどんな印象を受けましたか?
鈴木:この詩から、やきもち、嫉妬、また、隣の芝生みたいなものを感じました。なんか、ちっちゃいですね。でも、そのちっちゃさが、人間らしくて、好きだし、私にも、思い当たることばかりです。やっぱり、私も、ちっちゃな、、、。
今回、詩から器を作ってみて、いかがでしたか?率直な感想を教えてください。
鈴木:一日中、こんなに、たまねぎを見続けたこと、初めてでした。モノを作るという眼で、たまねぎを分解していく過程で、段々、たまねぎが野菜というのではなく、生き物というか、一つの彫刻のように感じました。「たまねぎの形は何でこんなに綺麗なのか」って。感動でした。少しだけ、梶井基次郎の『檸檬』を思い出しました。一生懸命な“たまねぎ”です。
“鈴木制作風景2” “鈴木制作風景3” “鈴木制作風景4”

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)

ドイツの哲学者・古典文献学者。ボン大学、ライプツィヒ大学に学び、在学中にワーグナーとショーペンハウアーに傾倒。24歳でバーゼル大学古典文献学の教授となる。1879年、健康状態の悪化から教授の職を辞して執筆活動に専念。多くの作品を残した。1889年、イタリア・トリノの広場で馬車馬の首にしがみつき発狂。以後、妹エリザベートの介助のもと精神病の治療を受けながら過ごすが、快方に向かうことはなく1900年に肺炎でこの世を去った。代表作は「ツァラトゥストラはかく語りき」「善悪の彼岸」など。実存主義の先駆者であり、二十世紀の哲学や文学に与えた影響は計り知れない。

僕らはみんな落ちていく」
竹村良訓 × ライナー・マリア・リルケ

“竹村制作風景1”
なぜこの詩を選んだのですか?
竹村:候補として数篇に絞ったなかでも一番形、色、さらには陶としての表現技法までイメージ出来たので選びました。
この詩をどのようにイメージ(器)に転換されたのか教えてください。 その際に、ポイントとなったワードやフレーズがあれば教えてください。
竹村:終始繰り返される「落ちる」という言葉(というかその「落ちる」という事そのもの)に一番触発されました。落ちるという事から自由落下運動、落下放物線、等々かつて好きだったジャンルでの想像の枝が伸びていきました。そこから形を作りました。すなわちy=ax²という2次関数が描く曲線(落下放物線)を内型とし、それをロクロで軸回転させる事で「放物面」という形状を内包する器を造形しました。
リルケについて、何か思い入れやエピソードがあれば教えてください。
竹村:リルケが造形に造詣(笑)があるというのがおもしろく、しかも納得しました。 造形をイメージして編まれた詩を、さらにその詩から造形を引き出すという連鎖もおもしろく感じました。
今回、詩から器を作ってみて、いかがでしたか?率直な感想 を教えてください。
竹村:言葉から作品を作るという事は(作る前から考えていた通り)とてもスムーズで楽しい作業でした。僕の印象では普段から『言葉』は『イメージ』であるだけでなく、かつ重さや手応えや色味のある『造形物』だと思っているので。その鏡写しに『造形物』には形・色だけでなく意味やイメージの側面もある事を考えると、言葉と造形とが「一対であり一体である」と手を通して再認識できて良かったです。
“竹村制作風景2” “竹村制作風景3” “竹村制作風景4”

ライナー・マリア・リルケ(1875-1926)

オーストリアの詩人。軍人の家に生まれ、陸軍学校に入学するも周囲に溶け込めず詩作をはじめる。プラハ大学、ミュンヘン大学等に学び「詩は感情ではなく経験である」という考えのもと独自の表現方法を模索。パリでは彫刻家のロダンに師事し、私設秘書をこなしながら「ロダン論」の執事に従事。 自らも言葉で作る彫刻のように本質を表現しようと試みた「事物詩」を発表する。第一次大戦で一時招集されるが、その後もヨーロッパを転々としながら試作を続け、晩年はスイスで翻訳や執筆を続けた。1926年10月、女性に贈るバラの花を切っていたときに刺さった棘がもとで病に倒れ、51年の生涯に幕を下ろした。三島由紀夫は短編「薔薇」のなかで、 そのリルケの死に際について触れている。

月下独酌」
結城彩 × 李白

“結城制作風景1”
なぜこの詩を選んだのですか?
結城:はるかな宇宙の下では、生も死も関係無く続いていくことができる。繰り返し読んで何度も新たな発見がある詩だったからです。自分自身、宇宙や空は制作のインスピレーションの源になっています。そうした意味でも「月下独酌」はその世界観に最も共鳴できる詩でした。
この詩をどのようにイメージ(器)に転換されたのか教えてください。
結城:月下独酌に決めてから、ずっと李白の事を考えていました。自分自身に対してとても厳しい人、穏やかで孤独な人。孤独を楽しむのってどういう感じだろう、と、月明かりの下での独酌をイメージしながら作りました。
李白について、何か思い入れやエピソードがあれば教えてください。
結城:李白の生涯についてはあまり詳しい資料が無いようですが、「詩」を書く為に最良の生き方とは何かを常に自問自答していた人のように思います。
今回、詩から器を作ってみて、いかがでしたか?率直な感想 を教えてください。
結城:とても難しかったですが、楽しかったです。
“結城制作風景2” “結城制作風景3” “結城制作風景4”

李白(701-762)

中国、唐時代の詩人。同時代に生きた杜甫と共に中国を代表する詩人であり「詩仙」と称される。唐の時代、文学者は官僚を目指すのが通例であったが李白にはその形跡がなく、その作風は豪放磊落。本詩を始め、酒を歌った作品も多く残した。幼少より文才を発揮しながらも剣術を愛し、任侠の徒と行動を共にするなど放埓な日々を過ごしたという。25歳までを蜀(四川省)で過ごし、以後、人生の大半を放浪の旅に費やした。ほとんど職につくことなく、どのように放浪の資金を得ていたのか今もその生涯は謎に包まれている。死に際にも諸説があり、月夜の長江に船を浮かべて詩を詠みながらひとり酔いしれ、水面に映った月に手を伸ばし溺れ死んだという伝説も残っている。

"What if poems were water?" in Kyoto
Poetry Anthology “Kanohito” × 5 pottery artists

The ceramic exhibition “What if a poem was water?” which was held in Ginza this Spring, comes back at Kyoto Okazaki Tsutaya Books.

Venue: Kyoto Okazaki Tsutaya Books
August 3-September 3
Ceramists: Yuko Ikeda, Ritsuko Imai, Kan Suzuki, Yoshinori Takemura, Aya Yuki

What if there were pottery ware to pour poems in, what shape and color would they be?
Five pottery artists responded to such a question.
From Nietzsche to Ono no Komachi, the classic poems by the great poets have been “super translated” by an up and coming poet Bin Sugawara and were reproduced in our time as a poetry anthology “Kanohito.” From the collection, each pottery artist selected a piece of poetry and created pottery ware dedicated for that special piece. How are words visualized? The reason why each artist chose that piece, the process how poetry becomes figurative art, this project will showcase their thinking process as well.

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「愛される1時間」
Yuko Ikeda × Emily Dickinson


Challenging conceptual expressions in her recent years, Ikeda was very particular about the glaze this time. Imagining the colors after fired, she puts layers of several kinds of glaze over a few days. The process where she uses her imagination to layer colors overlaps with the life of Dickinson which she spent most of her days at home devoting herself to writing poetry. The piece with such sweet and sensuous ambiance is as if it is capturing “a moment of ecstasy” throwing all reasons. You can say it is a tribute which you can feel Ikeda’s deep love towards Dickinson.

“池田作品”

「そうね、私は年をとった」
Ritsuko Imai × Ono no Komachi


Imai’s work is adorable and at the same time gives a sense of fragility. Ono no Komachi’s sorrow remembering her old love naturally reconciles with Imai’s touch. The phrase「夜の衣を裏返して着た」expresses the painful love everyone has experienced. A night thinking of the loved one, Imai has turned the image of the night into shape in her own world. It is a powerful piece at the same time very Japanese with detailed strokes one by one, demonstrating secretive delicate emotions.

“今井作品”

「さよなら、たまねぎ」
Kan Suzuki × Friedrich Nietzsche


A perfect ordinary onion suddenly gives a strangeness when the texture of itself is changed. Very realistic onion by its shape has been turned into a silky smooth ceramics decor by the hands of Suzuki. This piece makes you realize the shape and structure of something ordinary are actually beautiful. We could say this work containing many of the thoughts of an artist facing an onion is also a “super translation” of an onion.

“鈴木作品”

「僕らはみんな落ちていく」
Yoshinori Takemura × Rainer Maria Rilke


Takemura was originally thinking of pursuing science and engineering. In this piece, you can see his point of view showing a glimpse of that sense. He imagined a physical contact “parabola” from the keyword “fall” in Rilke’s poem and tried transforming it into pottery ware. The ware created with a mathematical approach makes you realize that art and math which seem contradicting is actually inextricably linked. Falling into solitude as if it is a small universe, the ware is an art piece born from his logical thinking.

“竹村作品”

「月下独酌」
Aya Yuki × Li Bai


Yuki’s work somewhat gives a sense of universe or night sky, just like trading as “ten no utsuwa.” It seems as if she were destined to choose Li Bai’s 「月下独酌」. Drinking alone under the moonlight, the moon reflecting on the sake in a cup, the shadows falling on the ground… As if you can only believe that they are meant to be, she created such dignified sake wares that match perfectly to those beautiful scenes.

“結城作品”