TIPTOE

小さな夢のファクトリーから生まれる、ふかふかのアートピースたち

“_top"

夢と綿の詰まった布のオーナメント

ぷっくりと揚がった布のクリームドーナッツに、ふっくらとした花やヤドリギ。布でできた作りものとわかりながらも、どこかリアルで美味しそうなオーナメントは、見た瞬間に心を鷲掴みにされてしまう。これらはTIPTOE(ティップトゥ)こと福山加菜子による作品だ。TIPTOEのオーナメントは、ほとんどの工程を手縫いによって作られる。その方が、布のシワや微妙な凹凸などの表情を作りやすいのだという。作品のパターン(型紙)はあるが、あまりそれに縛られず、思うがままに縫っていく。そうすることで、ひとつひとつ形や表情に個体差が出る。それでも完成品が一堂に並ぶと、まるでファクトリープロダクトのように同じものに見えるから、面白い。屋号の「TIPTOE」は、“つま先でそっと歩く”の意味で、福山が服飾学科の学生時代に、自身のファッションショーのためにビンテージの赤いヒールを購入した際、インソールに書かれていた名前が由来だ。響きも気に入っているが、歩くという前向きな意味合いも好きだという。つま先でコツコツ歩く、そのイメージが、ひと針ひと針縫われていく作品のイメージにも繋がっていく。TIPTOEの作品は、作品そのものだけでなく、パッケージや購入体験も含めてストーリー仕立てになっているところも魅力だ。オーナメントは海外で買った時についてくるようなラフな袋に入ってきて、賞味期限まで添えられている。ふかふかの布のオーナメントが愛らしく並ぶ姿は、まさに夢のファクトリーだ。

“atelier_1”

親愛なるブリストル

どこか日本人離れした福山のクリエーションの源は、彼女にとって心の拠り所とも言える場所、イギリスのブリストルにあった。TIPTOEをスタートする前、会社勤めの頃から、様々な国の製品に触れる機会があったが、なぜだかイギリスのものに無性に惹かれた。機能性重視のワークウェアや、昔からデザインも作りも変わらない、クラシカルで無骨な工業製品。ティーポットでも掃除機でも、メーカーやファクトリーが違えど皆同じ形やデザインのものを生産し、それが生活の中のスタンダードになっている。イギリスの工業製品に見られる“ラフさ”も好きだった。日本の1mmのブレも許さないようなものづくりとも、イタリア製品の仕立ての美しさとも違う、よく見ると一つずつ個体差があったり、縫い目が異常に大きかったりする、イギリスらしい“おおらかさ”がチャーミングに思えた。イギリスへの思いは年々募り、ついに会社を辞めて渡英。アーティストやミュージシャン、詩人も多く住む街、ブリストルで暮らした。バンクシーの住む街としても有名で、初対面の挨拶では「バンクシー好き?」「彼は僕の友達の友達だよ」というやり取りが定番だ。街を歩けばアート作品に出くわし、誰もがものづくりをしていて、人々は飾らずおおらか。福山もここにいると心が解け、素の自分でいられた。趣味で洋裁もしていた福山に、「誰もがアーティストになれるんだよ」と背中を押してくれたのもこの地だった。たくさんの出会いや好機に恵まれて、TIPTOEのアーティスト活動はスタートした。

“atelier_2”

ときめくものしか作らない

ものづくりでは自分だけのストーリーを大切にしている。自分がこれまで見たもの、食べたものなど、自分の中に記憶や体験としてあって、自分がときめくものだけを作るようにしている。それ以外のものは、自分が作っていても面白くないし、そういうものは見る人にも伝わってしまう。今回、新作として作ったツイストドーナッツにも福山の個人的な「思い出」がある。ブリストルの語学学校で、パンの出張販売に来ていたおじさんがこのツイストドーナッツを簡単な袋に入れて売っていた。その後、街中で同じおじさんがやっているパン屋を見つけて、そこで初めてこのツイストドーナッツの名前が「チョコレートヤムヤム」であることを知った。「ヤムヤム」ってジョークみたいな名前だと思って、ついおじさんに「本当なの?!」と確認した。コロナが収まった後、数年ぶりに訪れたらそのお店は無くなってしまっていた。作品を見る人には直接関係ないことだが、そんなささやかでチャーミングなストーリーが、TIPTOEの制作の最大のインスピレーションだ。ときめきを形にしていく作業は、仕事といえど、まるで恋愛のように高揚しフワフワする。縫うことも好きすぎて、まさに自分のものづくりは「公私混同」だという。そうして生まれた作品だからこそ、見る人をときめかせ、虜にさせ、ハッピーにさせるのだ。

“atelier_3”
1984
青森県生まれ
2005
文化服装学院 服装科卒業
2015
イギリス ブリストルに渡英
滞在中にアーティスト・TIPTOEとして作品をつくり始める
現在東京を拠点に制作、ユニット「SWEEP」としても活動中